2019年01月31日

悔い無し…と言えるには

悔い無し…と言えるには

先月引退した横綱・稀勢の里が会見で、
「私の土俵人生において、一片の悔いもございません」
と述べました。        ( 「NHK NEWS WEB」) 
悔い無し…と言えるには
けがのため、横綱昇進後の戦績が振るわず、
引退の数日前から「相撲人生の土俵際に立たされ…」などと報道されるにつけ、
どんな思いでいるのか、想像し難いものがありました。

「悔い無し」の言葉を聞いた当初、僕は、
「いや、本当は悔やしくてたまらないんじゃないの…」と思っていました。
最後になる会見だから、それをこらえて、あのように言っているのだろうと。
もっとも、それもすごいことだと感じていました。

しかし、しばらくして、それだけではないだろうと思えました。
会見内容をよく読むと、先の言葉の前に、
「横綱として皆様の期待に添えられないということは非常に悔いは残りますが」とあります。
やはり、その点では悔いはあったのだと、率直な気持ちをあらためて知りましたが、
それが支えてくれた人に対してのものであることに、誠実さを感じました。
「本当にいろいろな人に支えられ、1人ではここまで来られなかったと思いますし、感謝の気持ちでいっぱいです」
ともあります。
「感謝の気持ち」とは、悔いも包み込む大きなものなのだろう、と感じました。

そして何よりも支えになったであろうことは、
「自分の中で『これでダメなら』という気持ちがあるくらい、いい稽古をしました」ということ。
これが、悔いは無いと言わしめたのではないでしょうか。
ごまかしなくやってきたことは、それだけで大きいものだと思いました。
ごまかす、とは、他人を、ではなく、自分をごまかす、ことです。

日頃、自分にごまかしなくやっているかというと、
できているようで、できていないのものです。
「マイペースでやってます」「まあ、ボチボチやってます」…とは言うものの、
実際のところ、そういうわけにはいきません。
例えば、仕事が続いて、もう休んだ方がいい、という時でも無理をしてしまう。
身体の方からは、休ませて、と言っているのですが、頭の方では、まだ何とかなる、と思い込もうとします。
まあ、稀勢の里も以前は、そんな面があったかもしれませんが…。

また、「あなたのためを思って言っている」というのも、ごまかしがあって、
本当は自分のプライドだったり都合だったりします。

成功目前で安心してしまって失敗する、というのも時々あって、
こちらは、ごまかしというより浮足立っていた、というべきですが、
自分を忘れていることの一つでしょう。

いずれも、「ほんとう」のこと、とは程遠い、ごまかし、いつわり、であるのですが、
「虚仮不実」と言われるものです。(『正像末和讃』)

「人をコケにする」はここから来ているのですが、
本来は、
「『虚』は、実ならぬをいう。『仮』は、真ならぬをいうなり」(『唯信鈔文意』)ということです。
私の意訳ですが、
「虚」は本当ではないこと、つくりごと。
「仮」は「とりあえず」に始終していること。
両方あわせて、
「真実ではなく、また、実体がないこと」です。

毎日それを繰り返していますから、
稀勢の里の言葉を聞いても、自分の毎日とすぐに重ねてしまって、
「悔い無し」が、にわかに信じられないのです。

そんな自分だった、と気付いたときに出てきた言葉が、
「虚仮不実」なのです。
そして、そこで終えてしまうのではなく、
「ああ、ほんとうは、こうだったんだよなあ…」と、
ごまかしていたことを通して、
その向こう側に、本来のことがおぼろげに見えてくる。

それが「仮」に対しての「真」であり、「虚」対しての「実」であって、
「真実」…「ほんとう」のことなのでしょう。

稀勢の里の土俵人生はいろいろありましたが、
その背中は「ほんとう」を表わしているように思えました。




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Posted by 明行寺住職 at 13:51│Comments(0)法話
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