2013年06月30日
なだいなださんの本から 「いつか語る」ということ
なだいなださんの本から 「いつか語る」ということ
先月亡くなられた、なだいなださんの本を初めて読んだのは、
中学生の頃でした。
『ぼくはへそまがり』という、いかにもなださんらしいタイトルのその本は、
なださんの幼少時代から医者になるまでのことを、
人生論として書いたものです。
いや、人生論というような堅いものではなくて、
ガキ大将として子分の人気をとるにはどんな方法をとった、とか、
こんな先生がいて反発した、とか、
ドジな自分が医者になると言ったら、それでは患者が心配だと母が反対したとか、
陸軍幼年学校では要領が悪くて損ばかりしていた、というような話で、
どのあたりが教訓になるのかよくわからずに読み進みました。
その「語り」が面白いのです。
いったいどのへんが人生論なのか。
要領というか間がわるい。
なださん自身「へそまがり」だけでなくて「へまばかり」と思ったそうですが、
面白おかしく語っているからか、深刻な感じはしないのです。
読んでいる僕も、それなら自分もなんとかやっていける…などと思いましたし、
そういう励ましの本なのかな、とも思っていました。
先月亡くなられた、なだいなださんの本を初めて読んだのは、
中学生の頃でした。
『ぼくはへそまがり』という、いかにもなださんらしいタイトルのその本は、
なださんの幼少時代から医者になるまでのことを、
人生論として書いたものです。
いや、人生論というような堅いものではなくて、
ガキ大将として子分の人気をとるにはどんな方法をとった、とか、
こんな先生がいて反発した、とか、
ドジな自分が医者になると言ったら、それでは患者が心配だと母が反対したとか、
陸軍幼年学校では要領が悪くて損ばかりしていた、というような話で、
どのあたりが教訓になるのかよくわからずに読み進みました。
その「語り」が面白いのです。
いったいどのへんが人生論なのか。
要領というか間がわるい。
なださん自身「へそまがり」だけでなくて「へまばかり」と思ったそうですが、
面白おかしく語っているからか、深刻な感じはしないのです。
読んでいる僕も、それなら自分もなんとかやっていける…などと思いましたし、
そういう励ましの本なのかな、とも思っていました。
それが、「あとがき」で、ようやくなださんの言いたかったことが分かりました。
「きみたちは、ぼくのたどってきた道が、面白おかしく思えるかもしれない。
しかし、勘違いしてはいけない、面白おかしく書いたけれども、
それは苦しく辛いことだったのだ。
ただ、覚えておいてほしいことがある。
それは、今苦しく、つらい経験をしているとしても、
後で語るに足ることか、考えてみてほしい」
とあるのです。つまり、
「今、つらいことでも、
後々に、誰かに語ろうと思えば、不思議と乗り越える勇気が湧いてくる」
ということでした。
文章は僕の記憶で書き出したものです。
本がどこか押し入れの奥にいってしまって見当たらないのです。
ともあれ、こうして書き出せるくらい記憶に残っているのですから、
大いに勇気付けられた本なのです。
自分を語れる、ということは、
辛かったことも、自分の一部分として語れるということです。
自分の一部分になったということ、ともいえます。
他方、私たちは、日頃よく口にしているのが、
「そんなハズではなかった」「あのとき、本当はああなるハズだった」ということ。
口に出さずとも、そんな思いがよぎることが多いです。
それが強いと、失敗したり、思いどおりにいかなかった自分を切り捨ていくことになります。
先輩によると、そんな思いを「裁きの自己」というのだそうです。
(武田定光 氏『「歎異抄」にきく 死・愛・信』ぷねうま舎 より)
切り捨てていくと、際限が無いのかもしれません。
裁いていた自分のモノサシを手放せること、
それには、そのモノサシを気付かせてくれる「きっかけ」や人との「つながり」が必要です。
気付かせてくれる、という意味では「光」ともいえます。
それを阿弥陀如来の光と、表現してきました。
僕にとって「光」の一つであったと、なださんの本を思い出しました。
「きみたちは、ぼくのたどってきた道が、面白おかしく思えるかもしれない。
しかし、勘違いしてはいけない、面白おかしく書いたけれども、
それは苦しく辛いことだったのだ。
ただ、覚えておいてほしいことがある。
それは、今苦しく、つらい経験をしているとしても、
後で語るに足ることか、考えてみてほしい」
とあるのです。つまり、
「今、つらいことでも、
後々に、誰かに語ろうと思えば、不思議と乗り越える勇気が湧いてくる」
ということでした。
文章は僕の記憶で書き出したものです。
本がどこか押し入れの奥にいってしまって見当たらないのです。
ともあれ、こうして書き出せるくらい記憶に残っているのですから、
大いに勇気付けられた本なのです。
自分を語れる、ということは、
辛かったことも、自分の一部分として語れるということです。
自分の一部分になったということ、ともいえます。
他方、私たちは、日頃よく口にしているのが、
「そんなハズではなかった」「あのとき、本当はああなるハズだった」ということ。
口に出さずとも、そんな思いがよぎることが多いです。
それが強いと、失敗したり、思いどおりにいかなかった自分を切り捨ていくことになります。
先輩によると、そんな思いを「裁きの自己」というのだそうです。
(武田定光 氏『「歎異抄」にきく 死・愛・信』ぷねうま舎 より)
切り捨てていくと、際限が無いのかもしれません。
裁いていた自分のモノサシを手放せること、
それには、そのモノサシを気付かせてくれる「きっかけ」や人との「つながり」が必要です。
気付かせてくれる、という意味では「光」ともいえます。
それを阿弥陀如来の光と、表現してきました。
僕にとって「光」の一つであったと、なださんの本を思い出しました。
Posted by 明行寺住職 at 15:52│Comments(0)
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